非常简单
原谅他吧,她不知道它在干吗
 
用火烧砖 @ 2011-07-08 16:03



 
用火烧砖 @ 2011-07-08 16:00



 
用火烧砖 @ 2011-07-08 15:19



 
用火烧砖 @ 2011-07-08 15:09



 
用火烧砖 @ 2011-07-08 14:49

http://youtu.be/2U1WzCHyS3o

这个没有“埋め込みコード”,留个链接。

http://youtu.be/iQSsI11lHyQ

这个也是。第一次听到她用普通话唱歌,发音很清楚。



 
用火烧砖 @ 2011-07-08 13:35



记一下贴歌方法:

在youtube点“共有”,然后点“埋め込みコード”,将 埋め込みコード 复印下来。

ycool 这边点“源代码” 这个记号  →  〈〉

将刚才复印的 埋め込みコード 粘贴 保存发表即可。


 
用火烧砖 @ 2011-07-08 12:46



忘了歌怎么贴了,试了好几次都不成功。星期天羊桃、樱桃来日本,打算住一个月,办新护照。

这两天休息在家收拾房子。

五輪真弓,真的才华横溢,有一段时间常听她的歌。

好像成功了。


 
用火烧砖 @ 2011-06-30 07:27

天干: 甲、乙、丙、丁、戊(wù)、己、庚、辛、壬(rén)、癸(guǐ);

地支:子、丑、寅(yin2)、卯(mǎo)、辰(chén)、巳(sì)、午、未(wèi)、申、酉(yǒu)、戌(xū)、亥。

看《日本の歴史と世界》,前言提到中国的干支纪年法,说60年一个循环。一直对祖国的“干支”敬而

远之,因为它太神秘,并且在某些方面,它似乎忽略了一些东西,有意无意的样子。比如这60年一

循环就很搅,本来按照逻辑的说法,应该有120种搭配才对,可是它偏偏只要60种搭配,把另外60

种扔掉不用。这种思维方式,我觉得很特别,它为什么要这样安排呢?这不是故意混淆视听吗?它

让人脑子里一片混乱,很不清晰。可是或许这就是东方式的智慧。说它不逻辑,它似乎又很逻辑;可

是说它很逻辑吧,它其实又的确乱得很。要是由我做主,我很可能我会这样设计:先拿“甲”去跟地

支的12项相配,然后再拿“乙”配一遍,再拿“丙”,再拿“丁”……这样就得到了120个互不重复并且

没有遗漏的组合,这样很舒服。可是实际的情形却是这样:

甲   乙   丙    丁   戊   己   庚   辛   壬   癸
子   丑   寅    卯   辰   巳   午   未   申   酉   戌   亥

甲   乙   丙    丁   戊   己   庚   辛   壬   癸
戌   亥   子   丑   寅    卯   辰   巳   午   未   申   酉

甲   乙   丙    丁   戊   己   庚   辛   壬   癸
申   酉   戌    亥   子   丑   寅   卯   辰   巳   午   未

甲   乙   丙    丁   戊   己   庚   辛   壬   癸
午   未   申    酉   戌   亥   子   丑   寅   卯   辰   巳

甲   乙   丙    丁   戊   己   庚   辛   壬   癸
辰   巳   午    未   申   酉   戌   亥   子   丑   寅   卯

甲   乙   丙    丁   戊   己   庚   辛   壬   癸
寅   卯  辰    巳    午   未   申   酉   戌   亥   子   丑

1 ~10     甲子 乙丑 丙寅 丁卯 戊辰 己巳 庚午 辛未 壬申 癸酉
 
11~20    甲戌 乙亥 丙子 丁丑 戊寅 己卯 庚辰 辛巳 壬午 癸未

21~30    甲申 乙酉 丙戌 丁亥 戊子 己丑 庚寅 辛卯 壬辰 癸巳
 
31~40    甲午 乙未 丙申 丁酉 戊戌 己亥 庚子 辛丑 壬寅 癸卯

41~50    甲辰 乙巳 丙午 丁未 戊申 己酉 庚戌 辛亥 壬子 癸丑
 
51 ~60   甲寅 乙卯 丙辰 丁巳 戊午 己未 庚申 辛酉 壬戌 癸亥

也就是说,刚起步,它就选择了一种大模样。它把“甲”和“子”配一遍之后,就不管它们了。它丢下

甲子不管,去配“乙”和“丑”;接下来丢下乙丑,去配“丙”和“寅”;再丢下丙寅,去配“丁”和“卯”,

到最后剩下两个(“戌”和“亥”),它们没参加过配对,所以就挪到前边去,形成一个新的队列,然后

再配一遍。

这样的想法很奇怪啊,不是吗?就是这么一个感觉——很随便,大大咧咧的,可是你也不能说它完

全脱离了逻辑。如果你指责它,说它丢掉60种搭配不管有点缺少良心,那它可能会告诉你,这里头

藏着玄机呢,那丢掉没用的60种搭配,恰好形成了一个“阴”的世界,在那边,发生过“甲未战争”,

发生过“戊丑变法”,发生过“辛子革命”。是啊,谁说得清是否真的如此呢?反正以我的智力水平,

我真的无法判断,哪种思维方式更接近“智慧”一些。



 
用火烧砖 @ 2011-06-27 15:44

重看《今生情未了》,还是很吸引。不过也有一些缺点,以前不曾留意到的。其中

最大的缺点或许是,从认识,到爱的发生,这一段显得不够丰满,可以稍为重一

点,稍为煽情一些,那样除了更显自然外,也能更深地触动人。这个电影,把爱

情的实质,以及看见它的实质,却仍然无法技巧面对的人物,用非常简约的笔墨

描绘出来了。同时,它还把对人生的思索,对美的思索,或者简单一点说,对生命

的思索,与对爱情的刻画很自然地结合起来,在这一点上,它是做得水乳交融的。

或许正是因为这种延伸,它才显得丰富和深刻。


 
用火烧砖 @ 2011-06-20 22:47

6月9日,作家村上春树出席西班牙Cataluna国际奖授奖仪式,发表了获奖感言。

会上印发的获奖感言原稿全文如下(原文):

我上次来巴塞罗那是在两年前的春天。那时,出席我签名会的读者非常多,让

我感到很吃惊。大家排着长长的队,签名进行了一个半小时仍未结束。花了那

么长的时间,是因为有很多女性读者提出要亲吻我。至今为止,我已在世界上

的许多城市举办过签名会,只有在巴塞罗那,才遇到了有女性读者要求亲吻这

样的情况。单从这一点,也能看出来巴塞罗那是一个多么了不起的城市。能够

再一次回到这里,回到这个拥有悠久历史和杰出文化的美丽的城市,我感到非

常的幸福。但是,有点遗憾的是,今天必须谈论的,不是关于亲吻,而是关于

另一个沉重一点的话题。

想必大家都知道,在已然逝去的3月11日,下午2时46分,巨大的地震袭击了日

本的东北地区。极其强烈的一次地震。虽说地球的自转仅仅加速了一点点,那

一天只不过缩短了百万分之一点八秒,大约就是这样一个程度。

单是地震便已造成了极大的破坏,而随后袭来的海啸,更给日本的东北大地,

留下了令人感到恐怖的伤痕。在有些地方,海啸甚至达到了39米的高度。39米,

这样一个高度,一般的楼房,就算逃到10楼去也没有用。逗留在海岸附近的人,

他们来不及逃生,有将近2万4千人被海水卷走,其中接近9千人至今仍未能找到

遗体。海水越过堤岸袭来,气势凶猛。那些被卷走的人,恐怕已经沉到海底去了

吧,被冰冷的海水包裹着。每当想到这个,心里就感到无比的压抑。是啊,要是

当时我们也在那里呢?生存下来的人,其中的多数,也失去了亲人或朋友,失去

了居住的房屋,失去财产和社区,失去了生活的全部基础。有的村落整个消失了,

没有留下半点痕迹。想必有不少人,连生存的意欲本身,也都被掠夺去了吧。

作为日本人,我们的生活总伴随着接连不断的天灾,这似乎是注定了的。从夏天

到秋天,台风吹过日本国土的大部分地区,每年都带来很大的破坏,夺去许多人

的生命。全国各地,布满频繁活动的火山,除此之外,还有众所周知的地震。日

本列岛,地处亚细亚大陆东部一端,以某种危险的姿势,坐落在地球四个巨大的

板块之上,正处在它们交接的地方。可以说,我们是在地震的巢穴之上,经营着

每天的生活。

台风什么时候来,经过哪些地方,这在一定程度上是能够预测的,而地震却并非

如此,它说来就来了,令人防不胜防。唯一可以确定的是,这次不是最后一次。

在不久的将来,还会有一次极大的地震,将袭击东京一带地区,这是确凿无疑的。

许多学者预测,在这二三十年间它就要到来,震级将达到8级。它或许10年以后来,

或许明天下午就来,就是这样。像东京这样的密集型大都市,若是遇到近距离、

浅震源的大地震的袭击,具体将带来多大程度的损害,这个谁也说不清楚。

然而,仅在东京都内,目前仍有一千三百万人,在一如往日地过着“普通的”生

活。大家仍然乘坐挤得满满的电车去上班,仍然在高层建筑里埋头工作。这次地

震发生后,并没有听到东京人口减少之类的消息。

“为什么呢?”或许你会这样问,“为什么会有那么多人,可以若无其事地,在

一个如此危险的地方生活下去?难道他们不会因为恐惧而发疯吗?”

在日语里,有“无常”这么一个说法,意思是说,那种延续的、持久的、恒常的

状态根本不存在,生于此世的万事万物,无一不处于永不停息的变易之中,并将

最终归于消灭。所谓恒久的安定,所谓能够以之为依靠的事物,哪里也寻找不到。

这是从佛教那里来的世界观,只是“无常”这一想法,是以一种约略不同于宗教

的方式,深刻地烙印到日本人的心性之上的,它作为一种民族性的心理特质,从

古至今,几乎不曾改变地得到了继承。

“一切都将消逝,就这么回事。”这么一个立场,可以说它是放弃的,是一种放

弃的世界观。自然的流变,它的法则,我们即便试图去抗拒,去逆其道而行,也

是毫无用处的。可是,与其说这有点消极,倒不如说恰恰就是从这种放弃之中,

日本人积极地看见了美,看见了美的存在方式。

以自然为例谈论这个,可以提及,每当春天到来,我们就去看樱花,夏天呢去看

流萤,到了秋天就去看红叶,这是集体性的,习惯性的。好像理所当然那样,我们

热心地鉴赏美丽的事物。赏樱的名胜,以及赏流萤的,赏红叶的,到了相应的季节,

就会变得特别的拥挤,这时宾馆预约也会变得困难。

何故如此呢?

原因在于樱花的美,流萤的美,红叶的美,都在一霎那,转眼就消失,为了目击那

灿烂的一瞬,我们不辞万里出行。并且,我们不只观赏它们的美丽,还乐于确认它

们的凋零。看到花瓣在眼前虚幻地飘散,小小的萤火逝去无踪,红叶丢失它鲜亮的

颜色,我们反倒沉静下来。幻美从我们身边经过,然后消失,从这个里头,我们反

而寻找到了某种安心。

这样一种心性,它的形成是否受到了自然灾害的影响,我不得而知。只是,作为一个

事实,我们的确经验了自然灾害一次又一次的侵袭,我们经验它们,在某种意义上把

它们当作宿命去接受,然后通过集体的努力,去克服和超越它们。我们就是以这样一

种方式生存下来的。或许这样的经验,确实对我们的审美意识发生了影响。

这次大震灾,令几乎所有的日本人受到了极大的震动。即便平时早已习惯地震,许多

人还是被地震规模的巨大震慑住了,至今仍然心有余悸。我们体验到了自身的软弱无

力,甚至对国家的未来感到担忧。

不过,最终我们必将收拾心情,重新站立起来,走向复兴。对此我倒不甚担心,因为

我们这个民族,就是这样一步一步,从漫长的历史中行走过来的。我们不能因为震惊,

而一直沮丧下去。毁坏的房屋可以重建,坍塌的公路也能修复。

说到底,我们只是暂住于地球这颗星球之上,如同租借房屋的过客。是我们单方面提

出了寄居的要求,而不是受到了地球的邀请,总不能因为有些许摇晃,就发牢骚表示

不满。地球本来就是这样的呀,时不时摇晃一下,这是它的属性之一。喜欢也罢,不

喜欢也罢,我们只能与它相伴。

在这里我想说的,不是关于建筑或道路,而是关于那些不能轻易修复的事物。那就是,

比如说伦理,比如说规范。这些都不是有形的物质,一旦损坏,就不那么容易恢复到

原来的样子,因为它们并不是只要准备好机器、汇集了人力、买到材料就能立即生产的。

我正在谈论的,说得具体一点,就是福岛的原子能发电站。

大概大家也知道,在福岛,遭到地震和海啸袭击的六个反应堆,其中至少有三个至今仍

未能修复,仍然向四周辐射着放射线。炉心融化(meltdown)正在发生,周围的土壤受

到污染。含有大量放射性物质的核废水,恐怕正被排放到日本的近海中。从海面吹过的

风,将导致更大范围的扩散。

数字高达十万的当地居民,不得不从核电站周边地域撤离。田地、牧场、工厂、商店、

港湾……被遗弃在身后,大片土地变成无人区。原先居住在那里的人,或许从此不能回

去。灾害不只局限于日本,恐怕还将波及近邻诸国,对此我们实在感到万分抱歉。

为何竟会酿成如此悲惨的事故?事态为何竟会一至于此?原因几乎是一目了然的。那就

是,核电站的设计者们,他们没有预料到会发生这么大的海啸。过去,曾经有几位专家

指出,同样规模的海啸,在历史上也发生过,他们要求提高安全标准。可是电力公司方

面却没有认真对待他们的意见。原因很简单,没有哪家营利性质的企业,会为了预防数

百年难得遇到一次的大海啸,投入巨大的资金。这不是他们乐意做的事。

另外,从这次发生的事故,还能窥见政府的不负责任。它本应对核电站的安全问题进行

严格的监控管理,可是为了推进原子能利用政策,它把安全标准降低了。

对于这次事故,我们必须进行调查,如果发现有哪个环节发生了错误,就应该把情况向

民众公开。这样的错误,导致超过十万人流离失所,他们不得不离开自己的家园,生活

遭受了极大的动荡。我们有理由感到愤怒,这是理所当然的事。



 
用火烧砖 @ 2011-06-14 02:40

日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、
感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民
とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てるこ
とでしょう。
 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは
黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や
規範に深くかかわる問題であるからです。
 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。19
45年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合
わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかし
ここでは、その是非を問うことはしません。
 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがそ
の後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核
爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡
を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。
 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひ
とつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、
経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針
となりました。
 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味
がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者
でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者で
ありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという
点においては、我々はすべて加害者でもあります。
 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をま
き散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められ
るのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大き
な核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身が
そのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊
しているのです。
 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、
いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何
によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?
 理由は簡単です。「効率」です。
 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシ
ステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問
を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費と
してばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けて
きました。
 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわ
れるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で
三番目に原発の多い国になっていたのです。
 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に
危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような
質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がりま
す。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。
原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。
 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開け
てしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。
 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなん
でもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、
論理をすり替えていたのです。
 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような
すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を
非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は
自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。
そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗
が繰り返されるでしょう。
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。
 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼
は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大
統領に向かってこう言ったそうです。
 「大統領、私の両手は血にまみれています」
 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。
これで拭きたまえ
 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探しても
ありません。
 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。
 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効
なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の
良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験
によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を
使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。
 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはず
です。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我
々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、
「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。
 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えて
いくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合も
あります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。
 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた
倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に
苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、
その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。
晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を
合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心
をひとつにして。
 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分
があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして
生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共
有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語である
はずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。
その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。
 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生
まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力で
す。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時
に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き
生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずで
す。
 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思い
ます。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっ
ています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを
抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ
語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さん
と分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大
事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であること
はできません。
 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に
遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだに
は、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。
 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができた
ら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どん
なに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロル
を通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見る
ことを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬た
ちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなく
てはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはい
つまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。
 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、
義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャ
の人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの
地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。
(バルセロナ共同)


 
用火烧砖 @ 2011-06-14 02:35

9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹さんの受賞
スピーチの原稿全文は次の通り。(原文のまま)
 「非現実的な夢想家として
 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、
驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサ
インしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの
女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。
 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求
められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナが
どれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい
街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。
 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくて
はなりません。
 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲い
ました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地
震でした。
 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残し
ました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、
普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は
逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のまま
です。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。
おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分
がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、
その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を
失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた
人々も数多くおられたはずです。
 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味してい
るようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。
毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があり
ます。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大
なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言う
なれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。
 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつき
ません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間
違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地
域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。
それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような
密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすこと
になるのか、正確なところは誰にもわかりません。
 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送
っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回
の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。
 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど
多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないの
か、と。
 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひと
つとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはと
どまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこに
もない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し
違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代から
ほとんど変わることなく引き継がれてきました。
 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の
流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの
中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。
 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。
それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心に
それらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、
ホテルの予約をとることもむずかしくなります。
 どうしてか?
 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々は
そのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しい
ばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認
し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心
を見出すのです。
 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりま
せん。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの
として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。
あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。
 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震
に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を
抱き、国家の将来に不安さえ感じています。
 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それ
について、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた
民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建
て直せますし、崩れた道路は修復できます。
 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに
住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともで
きません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとに
かかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。
 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについ
てです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではあ
りません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、
人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。
 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。
 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、
少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダ
ウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、
近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。
 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑
や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々は
もう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し
訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。
 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電
所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの
専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを
求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに
一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところ
ではなかったからです。
 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるため
に、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。
 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その
過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なく
されたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。



 
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